約3,500もの工場があり「ものづくりのまち」として知られている東京都大田区にある荏原印刷株式会社は、PPやPETを利用した印刷製品の製造工場として世界的なエンターテインメント企業からも認定を受けている従業員約35名の会社です。創業は、昭和34年(1959年)。日本の高度経済成長と共に着実に企業としての発展に取り組み、当時都内では分業が主流だったのに対して全プロセスの内製化を実行。グローバルブランドの国内大手精密機器メーカーや外資系保険会社の伝票を一手に引き受け、伝票の印刷をメインに会社の基礎を作り上げました。
しかし、平成12年(2000年)を過ぎた頃から、事業の中心であった伝票の印刷というビジネスの将来性に不安を感じ始めました。当時を振り返って監査役の大髙敏氏は、「当時、組合の会合や講習会などに出席すると、将来伝票はなくなるという見解が多方面から聞こえてきました。そこで、伝票の印刷を中心にビジネスを展開してきた私たちも、潮目が大きく変わる前に業態変革をしなければ将来生き残れないと思い、古川さんと相談し、その当時、すでに仕事の一部として取り組んでいたパッケージ印刷を中心とした、今後のビジネスを展開する事を決断をしました。」と述べています。
事業の中心を伝票の印刷というひとつの軸足から、2 つの軸足へ方向転換をする決断をしたのです。厚紙の印刷は、平成13 年(2001年) から、すでにスピードマスターCD102-2+L(ニスコーター付きUV 仕様)で金と墨の2 色パッケージを印刷をすることで経験はしていました。当時はまだほとんどの印刷会社が導入をしていなかったインライン型のUV 印刷機で生産していました。「UV 印刷を始めたのは業界でも非常に早かったのではないかと思います。UV 印刷を採用した理由は、現在のような短納期対応が目的ではありません。厚紙は厚くて重いだけに油性印刷ではパウダーを大量に使用する必要があったり、裏写りや傷、後加工でのトラブルが懸念されました。当時は、現在のようにUV 印刷用の材料が豊富にあったわけではなく、私たちも日々チャレンジの繰り返しだったので印刷現場を始め大変苦労した事は忘れません。」と、取締役の古川氏は当時を振り返ります。
厚紙印刷というもうひとつの軸足を本格的に築き上げるために、荏原印刷は、平成16 年(2004 年)、現所在地に新社屋を建設し、少しでも差別化を実現するために、スピードマスターCD102-5+L(ニスコーター付きUV仕様)を導入しました。当時、伝票印刷で2色までの印刷が中心だった事もあり、印刷オペレータから4色の印刷をしてみたいという強い要望もあったようです。その後、PPやPETなどへの特殊印刷も含め厚紙印刷の受注は順調に推移し現在、総売上の約65%を占めるまでになりました。残りの約35%は商業印刷です。日々0.95mmのPP・PETや極厚紙に印刷している同社は業界屈指の品質と技術力を誇っています。
今では伝票の印刷はほとんどありません。業態変革を考え始めた2000年からの今日までの20年間で大きな方向転換を果たし、二つ目の軸足が企業としての強みとなり新しい未来を切り拓いています。
コロナ禍の2020年5月に導入された2台目となるスピードマスターCD102-5+Lは、前述のスピードマスターCD102-2+L(ニスコーター付きUV仕様)とスピードマスターPM74(油性仕様)の4色機との入れ替えでした。導入の理由について監査役の大髙敏氏は、「2004年に導入したスピードマスターCD102-5+Lもまだまだ現役とは言え老朽化しています。経営陣として、危機管理という観点からも、これ1台に依存し続けるリスクを感じていました。そこで、今後もPP・PET・厚紙を中心としたビジネス展開が主となる事や1号機のバックアップとしての目的も含めて、2台目となるスピードマスターCD102-5+L(ニスコーター付きUV 仕様)の導入を考えました。」と述べています。
荏原印刷は、スピードマスターCD102に加え、現在も活躍中の活版機KSBやKOR等、創業以来ハイデルベルグの印刷機を採用しています。プリプレスでは、2年前からスープラセッター106‐DCL(CtP)を、ワークフローにおいてはパッケージ設計では欠かせないCADデータも処理可能なプリネクトシグナパッケージングプロを採用。後加工では複数の高速断裁機ポーラーを使用しています。また、サフィラブランケット等の印刷必需品についても現在テスト中で採用を検討しています。これについて大髙敏氏は、「長年の実績、そしてパートナーとしての信頼関係は重要なポイントです。しかし、一方で企業の明暗を分ける設備投資を検討する際には自社に最適な製品や提案を精査する為に、多方面からの情報収集や協議を怠った事はありません。入手した情報を精査し、自社にとっての絶対条件を絞り込みます。今回の印刷機に対する設備投資の絶対条件のひとつは、1.0㎜のPP・PETや極厚紙を1号機と同品質で印刷できる事でした。今日までのビジネスで、設備性能から得られた優位性、サービスや営業の方々の人的サポート等、私たちは包括的に評価しています。つまり、長年培われた企業間の信頼関係です。」と語ります。
導入前のテストから導入後も機械に目を光らせている古川氏は、「テスト印刷の際に、現在弊社が取り扱っている0.95mmPP等を含む様々な原反でテストをしましたが、期待以上の結果となり、同じスピードマスターCD102シリーズでも、やはり2004年に導入した1号機と比較すると飛躍的な技術的進歩を感じることができました。まず弊社にとっては最も重要な点であり、高く評価しているのは”傷がつきにくい点“です。また、当初は厚紙専用機としての位置付けで導入したのですが、従来のPP・PETやパッケージ用の厚紙に加えて35 ㎏等の薄紙に対してもグリッパー等の調整は不要で、ほぼ最高回転で稼働しておりストライクゾーンの広さと生産性の高さには驚かせられました。まさに嬉しい誤算です。」と続けます。2台目の導入後、1号機は厚紙特殊印刷専用。2号機は、普段は一般商業印刷、そして、1号機の仕事が溢れた場合に厚紙特殊印刷をしています。
将来について大髙敏氏は、「伝票印刷が主業だった時期に全生産プロセスの内製化を図ったように、お客様のニーズをワンストップで解決し、他社ができないような品質を提供する“オンリーワン”と評価してもらえる企業を目指していきたい。現所在地に移転してから工場環境は大きく改善したとは思っていますが、今後もさらなる高みを目指して改善に努めていきたい。最後に、これは大きなチャレンジであることは理解していますが、やはり未来の為に、もうひとつ事業の軸足を増やしたい。現状のBtoBに加えてBtoCつまり消費者ニーズに適応したビジネスを社員一丸となって創造して行きたい。」と力強く語りました。