日本では近年、商業印刷分野におけるUV印刷の利用が進んでいます。従来はパッケージや特殊原反に限られていたUV印刷ですが、「乾燥待ち時間ゼロによる短納期対応」「ブロッキングやドライダウンなど印刷トラブルの削減」「パウダー不要による汚れ防止」といった利点が、商業印刷分野でも高く評価されたのです。
その一方でインキをはじめとする諸材料費の上昇や消費電力の問題、艶感や油性印刷とのカラーマッチングといった印刷品質、後加工での背割れ問題など、UV化をためらう要因も数多くありました。商業印刷分野では従来のスタンダードUVではなく、よりシンプルな省電力・減灯タイプのドライヤーを用いるのが一般的です。
高感度UVインキの技術が進歩し、カラーマネージメントのノウハウも蓄積されたことで、油性印刷とのカラーマッチングに関しては、数年前と比較して大きく前進しました。ただ前述したランニングコストなどUV化に踏み切れない要因がすべて明確にクリアされたとは言えませんでした。そうしたなか、登場したLEDドライヤーは、業界でも大きく注目されました。
しかし、硬化能力不足や高感度UVインキよりさらに高価なインキ代、ニスの黄変など様々な問題を抱え、一気にマーケットに浸透するまでには至りませんでした。それでも「低電力」「長寿命」「熱やオゾンの発生を抑制する」など、ポジティブなイメージが先行していたため、今までUV化に踏み切らなかった印刷会社にとっても、LEDドライヤーが実用レベルに達するタイミングは、大きな関心事のひとつだったのです。
UV印刷は、インキ内の光重合開始剤(フォトイニシエイタ)が、ある一定のスペクトルのUV光を浴びることで硬化を開始します。この時点で7~8割の光重合開始剤が反応を開始していれば、アフターキュアによってインキは短時間で完全に硬化します。前述の省電力・減灯タイプのドライヤーでは高感度UVインキを使用していますが、その理由は通常のUVインキを使用すると、照射エネルギー不足が原因で、光重合開始剤の反応が十分ではなく、アフターキュアも不完全のままとなるためです。
それではLEDはどうでしょうか?LEDは単波長のため、より正確にUV光を光重合開始剤に届ける必要があります。このため、ドライヤーと用紙との距離をよりシビアに設定しなくてはなりません。ところが印刷機内部にドライヤーを設置すると、気流に乱れを生じさせることになります。この乱気流によって用紙がバタつき、ドライヤーとの距離が一定に保てなければ、硬化不足にもつながりかねません。
このようにLEDドライヤーの照射能力そのものと、用紙の不安定さというデメリットが、生産速度を上げられない原因となっていました。UV印刷を導入する本来の理由は「製造プロセスの短縮」すなわち、「生産性の向上」と「生産時間の短縮」です。しかし、生産速度が思うように上げられなければ、導入の意味はありません。追加されるランニングコストを考えると、費用対効果の向上は極めて厳しいと言えるでしょう。また、生産時間が長引けば、その分消費電力が増えて、LEDのメリットのひとつである省電性能も活かしきれなくなります。
ハイデルベルグが新たに発表したドライスターLEDは、前述したLEDドライヤーの課題を完全に解消した第3世代のLED UVテクノロジーです。大きな特長のひとつは硬化能力の高さにあります。従来のLEDシステムでは、素子が一列に並んだタイプや、曲面レンズを使用してUV光をフォーカスさせるタイプが主流でした。この場合、用紙はUV光を「線」で受け取っていました。
ハイデルベルグのドライスターLEDでは、ワイドフォーカスレンズという特殊技術により、エネルギーの減衰を最小限に抑えて、UV光を「面」で照射しています。これにより、圧倒的な照射エネルギーを実現し、生産性を落とさないLED UV印刷を可能にしました。前項で述べた通り、生産速度を上げるためには、気流の乱れを抑制し、ドライヤーと用紙との距離を一定に保つことが重要です。
ハイデルベルグ印刷機のプリセットプラスデリバリでは、チェーングリッパがスポイラの役目を果たすことで、空気の流れを整えて用紙上に流し込んでいます。また用紙を空気に包まれた状態で無接触搬送する「エアトランスファーシステム」が、キズ・コスレを防止するだけではなく、気流の乱れを抑制して、ドライヤーの硬化能力を最大限に引き出すことに貢献しています。
省電力がメリットのLEDですが、ハイデルベルグではさらなる省電力化にも取り組んでいます。瞬時にON/OFFを切り替えられるというLEDの特性を活かし、UV光の照射は天地・左右方向で必要最小限のエリアに限定しています。エリアの設定も印刷機の用紙情報にもとづいて自動的に行われるため、オペレータに負担をかけることはありません。このように、DryStar LEDは第3世代のLED UVドライヤーとして圧倒的な硬化能力を持つことができました。この結果、現在ではインキメーカーとの協力で、光重合開始剤を低減した新しいUVインキによる硬化テストも始めています。
LED UVは熱を生じないと良く言われますが、厳密には熱を発生します。ランプを使用したスタンダードUVと比べて、圧倒的に低発熱であるという表現がより正確でしょう。
注目すべきは「熱を生じる、生じない」ということよりも、熱に弱いというLEDの性質にあります。適切に放熱しなければ、効率が低下し寿命も短くなります。これまでのシステムでも、冷却水を循環させることでLEDを守っていました。ただ循環水の冷却に多大な電気エネルギーを消費しては意味がありません。また循環水の設定温度を極端に低くしてしまうと、温度差による結露を防ぐために、常時循環できなくなってしまう可能性があります。環境温度の大きな変化はLEDにとって負担になります。ハイデルベルグでは、冷却水の温度を常温に設定することで、これらの問題を回避しています。
枚葉印刷機におけるLEDドライヤーの可能性を考える場合、「生産性」「省電力」「冷却」が重要なポイントとなります。第3世代LED UVドライヤーの登場により、その実用性と可能性は飛躍的に前進しました。
インキやニスをはじめとした各資材も、今後さらなる技術的改良が期待できます。従来、LED UVはその硬化能力やインキ・ニスのラインナップ不足から、パッケージ印刷会社での導入は進んでいませんでした。しかし、PP・PETなどのフィルム原反を取り扱っている会社には、スタンダードUVと比べて格段に発熱量の少ないLED UVドライヤーは大きな魅力となります。フィルム原反以外のパッケージ印刷会社でも、省電力・高生産性・高密着性などの条件がクリア・実証されれば、今後の大きな関心事項のひとつとなり得るでしょう。
ドイツの「BG認証(DGUV)」は、世界で最も厳しい労働安全基準として知られています。BGとは労働組合のことで、そのBGが様々な機器の安全性について規則を定め、認証マークの発行を管理しています。
ハイデルベルグの印刷機はほとんどの機種でこの認証を取得しています。BG規格にはUV印刷機に関する規定もあり、「スピードマスターSX/CX102 DryStar LED」は、印刷機とUVドライヤーを統合したひとつのシステムとして、BGからの認証を受けています。もちろんLED UV印刷機としては、世界で唯一のBG認証機種です(2013年12月現在)。
生産性・省電力性・資材の可能性、さらに安全性まで兼ね備えた第3世代のLED UVドライヤー、ドライスターLEDが、LED UVの可能性を大きく前進させました。